私と本の密接な関係

思い返すとものごころついた頃から、本と私は密接な関係でした。一番先に思い出せる記憶は、小さな頃、母の優しい声で読まれる絵本、暖かく甘やかな就寝前のひと時です。その時々で好みの本を壁面収納の本棚から抜き取っては、妹と二人で布団にくるまって眠りに落ちるまで延々と聞いたものです。たまには父も読んでくれました。父の場合は、どんどんオリジナルのストーリーに脱線していく愉快なスペシャルバージョン。まだ小さかった妹は、聞きたかったお話と違うー!なんて盛大に泣き出したりもしておかしかった。今はそれもなんだかかわいらしい、いい思い出になりました。

もう少し大きくなってランドセルを背負う頃には、もうとにかく娯楽は読書!読書!読書!朝起きて、学校から帰って、寝る前に寝床で、雨の日、晴れの日、気の向くままおかまいなし。ある日、小学校でアンケートの回収がありました。「一ヶ月に何冊本を読みますか?」ご飯を食べるのと同じくらい、毎日のなかで読書を繰り返していた私は、子供心にどう書くべきか首をひねりました。気に入った箇所だけ読む時もあるし、同じ本を何回も繰り返して読むときもあるし、だいたい毎日どれくらいの量を読んだかなんて覚えていない。これははたしてどうやってカウントしたらいいんだろう?しかもまわりのお友達の書き込みを見ると、なんと冊数が一桁だったりして。このアンケートが、これはどうやら自分の本好きはほかの人と比べると多少特徴的なものらしい、と悟った最初の出来事だったかもしれません。

さて長じて中学生、この期間はいままでの人生のなかでも一番本と疎遠になっていた時期かもしれません。中学校に入学した時、父が「次郎物語」をプレゼントしてくれました。なんとなく難しいな?と思いながら読み終わり、その後さて何を読もうかなあと思ったのですが、そのあたりから本屋さんに行ってもさっぱりどれを読んだらいいか頭がくるくるして分からなくなってしまったのです。多分、なにか読みたくてもさんざん読んできたそれまでの児童文学では物足りず、しかしでは次にどこに足をかけるべきか、自分にあった河岸をうまく見つけられなかったんだと思います。年齢的にも、いきなり大人と同じ小説を読むにはまだ経験が足りない。リアルすぎる現実描写もまだ荒々しく思えて気が進まない。そんなお年頃。部活に初恋に、日々の生活を追いながら、高校に入るまではそんな期間が続きました。

さて受験が終わって一息ついて高校生。あれ?そういえば本を読む行為を忘れていた、とあるときふっと気がつきました。そこで久しぶりに本屋さんに行ってみると、街は空前のエッセイブーム。気軽に読める、楽しんで読める、短時間で読める本がたくさん溢れています。そこからまた活字の世界に戻ってくることができました。一度入り口が見つかったら、あとは自分の成長にあわせて純文学やら戯曲やら、ドキュメンタリーやら評論本まで気分次第で手当たり次第。マンネリだな?と思ったら新しいジャンルにもチャレンジ。自分のサイズにあわせたセレクトをある程度コントロールすることができるようになったんだと思います。つまり大人になったんですね。
自分の成長にあわせて一緒に歩んできた本と読書の習慣は、今も私の人生にかかせない大切な友達。きっとこれからも、大切に併走していく大事なパートナーです。